ノーベル賞受賞者が酒をやめた理由。ファインマン先生の理性的決断
リチャード・フィリップス・ファインマンなる高名な人物がいる。
1918年生、1988年没のアメリカ人物理学者だ。
その名声の理由は、なんといっても1965年に本業である物理学でノーベル賞を取ったことにあるだろう。
けれども、物理学なんて難しいことはさっぱり分からぬ我々のようなの人々にもその名が親しまれている理由は、彼のユーモラスな逸話集にある。
その代表というべき本が、大人気を博し大いに売れたという「ご冗談でしょう、ファインマンさん」。
ファインマン先生の友人が、長年録音した会話を編集し、自伝風にまとめた本だが、実に楽しい。
ファインマン先生、活躍録
幼少の頃、ラジオの修理屋として大活躍した話。
世間知らずな学生時代の話。
若手学者だった頃、アインシュタインをはじめとした多くの大御所の前で講義することになり、大いに緊張した話。
ドラムの趣味が高じてプロの演奏家の代役になるまでに至った話。
大人になるまでまるで絵の描けない人間だったのに、そのうちに個展を開き、絵の注文が来るほどにまでなった話。
まさに万能の天才、うらやましい! なんて感じたりもするが、同時に「偉業を成し遂げたければひとつのことに集中すべし」なんて言葉も残してたりする。
科学研究に関して「もしそれが世のために実質的な利益がなにもないとしたら、それは素直に認めるのが誠実だ」とも言っていて、それが妙に心に残っていたりする。
(科学の世界では、例えば天文学など、実際の社会になにか利益をもたらすわけではない、いってみれば「宇宙の真理のひとつを解き明かす」ほかに意味などない……という研究も多くある。
それらを予算やスポンサー獲得目的などの理由で、世の中の役に立つかのように偽りのアピールする風潮もまたあるらしいのだが、それは違うだろう、とファインマン先生はいっているわけだ)
酒豪であったファインマン先生
さてそんなファインマン先生。
学問や研究に励み、教育者としても活躍しながらも、人生はしっかり楽しむ…そんなお方なので、若い頃は酒場で仲間たちと大いに遊んだそうな。
もちろん、お酒もがっつり嗜む、そういう生活。
しかし後年においてファインマン先生は、お酒の類いは一切口にしない、完全なノンアルコール人になっている。
かのノーベル賞受賞関係のパーティにおいてすら、わずかのお酒も飲まなかったそうだ。
そのきっかけは、どこにあったのだろうか。
ファインマン先生が酒をやめた経緯
本当、なんでもない、ある日のことだったそうだ。
昼下がり、ファインマン先生、街を散歩しておられた。
行く先に、行きつけのバーが見えてきた。
もちろんただの散歩なので、そのお店が目的ではない。
普通に通り過ぎ……ようとしたファインマン先生だが、そのとき心の奥から、猛烈なお酒への渇望感が湧き上がってきた。
「何はおいても今一杯やりたい。僕が今どうしても欲しいものはこれだ!」
早速バーに入っていこうとするファインマン先生だが、すぐ我に返る。
バーに入ったところで、今は真っ昼間だ。
飲み友達も遊び仲間もいるはずはない。
ひとりで飲んだって楽しくはない。
にもかかわらず、自分でも異常に感じるほど酒が飲みたくなった。
それはなぜか? なぜなのか?
…アルコールという、ヤバい薬物の依存症に自分がなりかけていることを、ファインマン先生は一瞬にして悟った。
それ以来、ファインマン先生は人生において一滴の酒も飲まなくなったそうだ。
悪いものはきっぱりやめる
とてもシンプルなお話であり、シンプルな決断である。
ですがこれこそ「理性的な考え方」というものではないだろうか。
我々も、酒なんてやめた方がいいとわかっていながら、心の中で様々な理論展開をして酒瓶に手を伸ばす。
- ストレスの解消になる(神経が麻痺するだけ)
- 少量ならむしろ体にいい(その理論は最近では怪しいといわれているし、そもそも一度飲み出せばどうせ少量ではすまない)
- いますぐやめたら調子を崩す。仕事のスケジュールが落ち着いてからにしよう(落ち着いたからってやめやしない。いますぐやめたほうがむしろ調子は良くなる)
そんないいわけを自分に対して行い、心のどこかでは合理的な選択をしたような気持ちになって、酒をあおる。
まさに愚かである。
ファインマン先生はこんな言葉も残している。
僕は考えるということが愉快でたまらないという人間である。だからこんなにまで人生を楽しませてくれるすばらしい機械である僕の脳を、こわしてしまいたくないのだ。
これもまたシンプルゆえ理性的な考え方だ。
自分にとって何が大切なのかがはっきりしているので、その害なるものはさっさと切り捨てることができるのだ。
我々も、ファインマン先生のような正しい考え方を持って、真に合理的に、効率的に生きていきたいものである。
なんて考えながらも、夜になるとついつい冷蔵庫の缶ビールに手が伸びてしまうものなのだろうが……。